工学技術とコミュニティを繋ぐ

私たちはBtoC (Business to Consumer) すなわち消費者に直接的に販売される種類の製品をよく手にして使っています。他方、BtoB (Business to Business)と呼ばれる製品では、BtoC製品よりもはるかに多くの技術を使っていますが、製品の中に埋め込まれていたり、工場で何かを生産するために使われたりするため、それらを目にすることがあまりありません。

市民が技術の本質にアプローチすることは一般的に難しいと思われます。専門性を伴うものでやむをえない面がありますが、だからといって知らなくていいということにはなりません。無知であることは例えば大事故、大災害が起きたときに不必要な不安を抱くことにつながります。結果として問題解決、原状回復を遅らせることになりかねません。

名古屋工業大学でもたくさんの技術が開発されてきました。大学が保有する技術のシーズと社会のニーズを繋ぐ努力は過去には個々の研究者が行っていました。そのうちに本学に限らず「産学連携」の諸機能が強化されるようになり、シーズとニーズをつなぐ努力、また両者を繋ぐためのプラットフォームづくりがなされてきました。

家を建てる状況で喩えて言えば、施主が「素敵な家をつくってほしい」と言うのに対し、建築家が「施主が言う素敵とはどういうことか、施主は実際に何を求めているか」を探り出し、家というひとつのかたちをデザインします。このために的確なコミュニケーションをとることが肝要となります。ほかの技術についてもほぼ同様であり、コミュニケーションを通じてニーズとシーズを少しずつ繋ぎ、技術の水準を高めるとともに、より適切な形で技術が使われるようにする努力も求められます。

そのようにして技術を見てきた場合に「コミュニティ」に求められる技術とは何か、個々の技術は「コミュニティ」の問題にどのように応えられるか、ということがどうも十分に考えられていなかったことに気づきます。技術を個人あるいは社会へと繋ぐだけでもやることがたくさんあります。それに加え、コミュニティそのものについても、いかなるものであるか、誰によって構成されているものか、どのように変化していくのか等を的確に捉え、技術の実装を成功させる必要があります。

これを実際に果たそうとするには、まず一つにはコミュニティの現場に入り込んで観察し、理解を深めなければなりません。その際には何を実現しようとするか意図を持って入るべきです。さもなければ入られる側のコミュニティにとって迷惑な存在になるだけです。そしてときにはあたかもコミュニティの構成員になったつもりで行動しながら参与観察を行う必要さえあります。センターでの取り組みはいわば実践科学の様相を呈しています。さらに本センターは教育面での進展も意図していますので、学生がコミュニティにどのように関与するか、どこまで入り込むことができるか、これらの視点も合わせ持って学生を支援しつつ、コミュニティに関わっていきます。

コミュニティ創成教育研究センターは3年目を迎えました。コミュニティとは何かを捉え、コミュニティに工学技術をどのように適用させればよいかを考えてまいりました。これまでの本センターの取り組みは着実に成果を生み出してきたと自負しますが、学内外へのプレゼンス、言い換えれば本センターが皆様にもっと使われるような存在になる努力が必要であると感じています。今後も研究と教育を通じてコミュニティと工学の関わり、コミュニィを支援する工学ということについて概念や方法論を構築し、共有を進めてまいります。

大貫 徹 前センター長の方針を踏襲しつつ、さらなる発展を続けて参りますので皆様には引き続きご指導ご鞭撻賜りますようお願い申し上げます。

コミュニティ創成教育研究センター センター長 秀島 栄三

工学の新しい展開をめざして

名古屋工業大学には多くの要素技術があります。それらがいろいろな形で社会に役立っていることは言うまでもありません。健康モニタリング技術もロボティクス技術もすでに具体的な成果を出しております。

今回、私たちは「高齢社会」に適応できる技術開発という観点を中心に据えました。それはひとつに、日本がすでに高齢者の比率がきわめて高い「超高齢社会」に突入しているからですが、しかしそればかりではありません。私たちはこの機会に、工学に新たな展開をもたらそうと考えております。といいますのも、「高齢社会」がいきいきと維持されるためには、高齢者を補助するハードウェアの充実だけでは十分ではない、それよりもむしろ、高齢者の社会参加を持続的に支える「世代を超えたコミュニティ」の確立が必要不可欠ではないかと考えているからです。もちろん、このことは言うまでもないことです。その意味ではあまりにも当然なので、どうしてこれが工学に新たな展開をもたらすというようなことになるのかと疑問に思う方も多いと思います。

そもそも、工学は社会に役に立つための学問です。たとえば、医療工学に代表されるように、身体上の不自由な部分を補うための材料の開発や機器の開発はまさに工学の分野です。また、ある人が遠方の友人と容易く通信ができるようにするのも工学の働きです。通信システムの整備などは、まさに工学そのものです。このように工学は社会の役に立っています。しかし問題はまさにここにあると思われます。

社会とは個々の人間がそこに居住する空間である以上、そこにはさまざまな「つながり」が存在します。時には人が生きる上で必要不可欠な絆となる場合もあれば、逆にそれがために生きる意欲を喪失させてしまうような憎悪を伴う場合もあります。そうした場所を普通は「共同体(コミュニティ)」と呼びます。そして私は、「共同体の本質」とはそうした情念のこもった多種多様な「つながり」が無数に、しかも横断的に存在していることだと思います。「情念のこもった」ということは、言い換えれば、そこに歴史とか伝統としか呼びようのない時間の層が幾重にも積み重なっているということでもあります。

工学は、これまではともすると、いささか抽象的な「社会」しか相手にしていなかったのではないでしょうか。しかしこれからは、実際の人間が住む「共同体(コミュニティ)」を相手にすべきではないでしょうか。おそらく、工学にとってもっとも苦手なものは「時間の層」というようなものではないかと思います。しかし工学が世の中の人々にこれまで以上に役立つためにはこうした点を避けて通るわけには行きません。

このような問題意識のもと、当センターでは、コミュニティを支える中核要素は「つながり」コミュニケーションであると考え、誰でもどこでもコミュニケーションが可能となるような要素技術を一方で考えつつ、もう一方で、コミュニティのあり方を、歴史とか伝統という「時間の層」を取り込んだ形で考えたいと思っております。まして今回は「高齢社会」が相手です。よりいっそう時間の厚みが問題となります。そうした際、必要となるのは人文科学的な思考法ではないかと思っています。

工学はこれまでいろいろな学問分野を取り込んできました。社会科学的な発想を踏まえた形での経営工学や金融工学はすでに当たり前となっています。法工学という分野も確立したと言えるでしょう。最近では「サービス工学」という言葉さえ耳にします。これなどまさに経済学が労働価値説から効用価値説へと移行することで新しい経済学を開拓していった経緯そのものを思わせます。しかし人文科学となるとまだ工学からは遠いと思われ、十分に取り込むことができておりません。しかし今回、私は「歴史」とか「伝統」と呼ばれる観点を積極的に取り込んで、そこで新しい工学の途を切り開きたいと思っております。そしてこのことが21世紀に生きる私たちにとってより良い未来を示す契機となるのではないかと願っております。

コミュニティ創成教育研究センター 初代センター長 大貫 徹


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